福岡高等裁判所 昭和33年(う)378号 判決 1958年11月22日
主文
原判決を破棄する。
本件を原裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、検察官検事渡辺衛提出の原審検察官検事石丸清見作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は解任前の弁護人山中唯二提出の答弁書記載のとおりであつて、当裁判所の判断は次に示すとおりである。
同控訴趣意第一点(事実誤認等の主張)について、
本件記録によると、被告人に対する業務上横領の公訴事実は主たる訴因として「被告人はサルベージ業広島海事株式会社の代表取締役であるが、海上保安庁長官より大分港外に海没せる日本政府所有に係る旧日本軍銃砲弾の引揚許可をうけた舞鶴工業所代表者南千秋名義で、昭和二九年二月上旬よりその引揚作業並びに引揚物件の保管等の業務に従事中、右事業資金に窮したところより、ほしいままに同年三月五日頃より同月末日までの間、前後四回に亘り別紙一覧表記載のとおり、別府市内において、地金商清原豊光こと李相に対し自己が大分港外より引揚げ業務上預り保管中の日本政府所有に係る銃砲弾類の所謂真鋳部分約九五〇貫を、貫当り約六五〇円で売却して横領したものである。」といい、予備的訴因として「被告人はサルベージ業広島海事株式会社の代表取締役であるが、海上保安庁長官より大分港外に海没せる旧日本軍銃砲弾の引揚許可をうけた舞鶴工業所代表者南千秋の下請負人として同人のため、昭和二九年二月上旬頃よりその引揚作業並びに引揚物件の保管等の業務に従事中、右事業資金に窮したところより、ほしいままに同年三月五日頃より同月末日までの間、前後四回に亘り、別紙一覧表記載のとおり別府市内において地金商清原豊光こと李相に対し自己が大分港外より引揚げ業務上保管中の右南千秋所有に係る銃砲弾類の所謂真鋳部品の約九五〇貫を、貫当り約六五〇円で売却して横領したものである」というのであるが、原判決は、右公訴事実中、「被告人はサルベージ業広島海事株式会社の代表取締役であるが、海上保安庁長官より別府湾内の所定海域に沈没している爆発物、爆発兵器並びにその部分品の引揚について許可をうけた南千秋の作業実施者として、昭和二九年二月上旬頃より、右の引揚作業に従事していた際、その事業資金に困窮したので、同年三月五日頃より同月二七日頃までの間四回に亘り、別紙一覧表記載のとおり別府市内の地金商清原豊光こと李相に対し、前記引揚にかかる銃砲弾類の所謂真鋳部品を約九五〇貫、貫当り約六五〇円で売却した」事実はこれを認めることはできるが、(一)、主たる訴因について被告人の引揚げた銃砲弾類(以下本件引揚物件と略称する)が、「日本政府の所有」に属するか否かの点につき、本件引揚物件は、旧日本軍の所有していた銃砲弾であるが右は連合国最高司令官の指令に基づき、米占領軍に引渡された時に日本政府の所有権は消滅しさらに米軍等によつて破壊の目的で海中に投棄された時、その所有権は何人からも放棄され、無主の動産となつたものであるから、所有の意思を以て先占する以外に、その所有権を取得できず、かかる占有を欠く日本政府がこれを所有している謂われはないので、これを前提とする主たる訴因の公訴事実は爾余の判断をなすまでもなく結局犯罪の証明がないものというべきであり、又、(二)、予備的訴因についてもその要旨は「仮りに、本件引揚物件が無主物としても被告人は南千秋の下請負人として右南の所有に帰せしめる意思で本件引揚作業を行つてきたもので、その引揚によつて南千秋は直ちにその所有権を取得するので、被告人のした売却行為は当然南千秋の所有権を侵害する」というのであるが被告人と南千秋との間の契約は請負契約ではなく、いわゆる「名義貸」契約であることが認められるし、該契約に基づき、本件引揚物件は被告人において引揚保管中のものであるから、南千秋がその引揚に当りこれに対して所有の意思をもつていたものとは認められない。従つて本件引揚物件の所有権が南千秋にあることを前提とする予備的訴因の公訴事実も亦爾余の点の判断をなすまでもなく犯罪の証明がないものといわねばならないと説明して、本件業務上横領の点につき、被告人に対して無罪の言渡をしていることが明らかである。そこでまず、
第一、本件主たる訴因の証明の有無を判定するについて、その前提をなす終戦時、米占領軍により海中に投棄されて、日本領海の海域に在る旧日本軍所有の爆発兵器若しくは弾薬又はその部分品(以下爆発物件と略称する)の所有権の帰属について以下検討することとする。
原審第二一回公判調書中、証人真鍋義隆の供述記載、同第二六回公判調書中、証人佐藤小六、同長井芳雄の各供述記載によると日本政府は終戦時一九四五年(昭和二〇年)九月二日附連合国最高司令官指令第一号、附属一般命令第一号、(陸海軍)第六項(イ)及び一九四五年九月三日附同指令第二号第二部第五項(ロ)に基づき無条件降伏のため、いずれの位置にあるを問わず一切の日本国軍隊を完全に武装解除し、一切の兵器弾薬、爆発物、軍用の装備、貯蔵品及び需品その他一切の種類の戦争用具及び他の一切の戦争用資材を連合国に引渡したが、米占領軍司令官は一九四五年九月二四日附(日本軍より、受理せる或は受理すべき資材、需品及び装備に関する覚書」第二項前段により、戦争若しくはこれに類する行動に本来若しくは専ら使用され且つ平時の民需用に適せざる一切の装備を破壊することを指令されたため、一切の爆発物、爆発性兵器類を破壊する目的を以て米占領軍自らの手により又は日本政府に命じてこれらの物件を海中に投棄したことが認められる。
ところで連合国が日本政府から右爆発物件等の引渡を受けたことが日本政府からその所有権を剥奪したものであるかどうかについては、前記連合国最高司令官の指令一九四五年九月二日附第一号附属一般命令第一号第六項(イ)及び同指令同年九月三日附第二号第二部第五項(ロ)の文言によつては明らかではないが、一地方を占領した軍は、国の所有に属する貯蔵兵器その他すべての作戦動作に供することあるべき国有財産を押収することができる旨規定している陸戦の法規慣例に関する規則第五三条第一項にいう押収とは一般に没収すなわち所有権の剥奪を意味するものと解されており且つ引渡を受けた連合国がこれを海中に投棄している事情やその後、日本政府に対する指令、覚書等において海域にあるこれら爆発物件等の処分権限等につき詳細な規定をしている点などからみると右爆発物件等の引渡はその所有権の剥奪を意味したものと解するのが相当であるから、爆発物件等が連合国に引渡されたときに該物件に対する日本政府の所有権は消滅していることは明らかであるが、然らば米占領軍司令官が指令によつてこれら爆発物件等を海中に投棄したことは連合国が一旦取得したこれら物件の所有権を果して放棄したものであろうか、この点について調べてみる。
(一)、米占領軍による爆発物件等の海中投棄の性質について、
(1)、一九四五年(昭和二〇年)九月二四日附「日本軍より受理せる或は受理すべき資材、需品及び装備に関する覚書」第二項に「米占領軍各司令官は、戦争若しくはこれに類する行動に本来若しくは専ら使用され、且つ平時の民需用に適せざる一切の装備を破壊することを指令せられた」との記載に引続き「占領軍の作戦上の必要が満たされた後において、日本軍の装備及び需品にして戦争又はこれに類する行動に本来必要ならざるものは破壊されたる戦争用具の残屑をも含め、日本帝国政府に返還せられるべきものとす」との文言の記載があり且つ第三項乃至第五項において日本政府に返還された旧日本軍の需品、資材及び装備を受理し且つその処置を明らかにする管理者として内務省を指示し、これら取引を実施すたるめに日本政府の採るべき措置や返還された需品、資材及び装備の使途を限定しておつて連合国が日本政府から引渡を受けた旧日本軍の需品、資材及び装備につき将来日本政府に返還する用意のあることを言明していること。
(2)、一九五〇年(昭和二五年)二月六日附「戦時の作戦から生じた爆発物及び爆発性兵器の処理に関する覚書」(SCAPIN二〇七七)の第二項に「参照各指令(註、一九四五年九月二日附日本政府宛指令第一号、一九四五年九月三日附同指令第二号)の規程によつて日本政府は戦時中又は戦前に生産し、終戦時、日本本土、日本領海及び日本への海路出入口に存在した一切の爆発物、爆発性兵器及びそれらの部分品の破壊及び又は認可された処理に対して責任を負つている」と記載されておりただ第三項乃至第七項は右命ぜられた処理完遂に日本政府を援助するため、占領軍が忠告、指導、技術的援助や所要の資材、器材を供給することなど諸種の援助を与えること、その処理を早急に行うべきこと、これがために日本政府のとるべき指導等を規定しているにすぎないが、右第二項によつて日本政府は占領軍地区司令官の認可を受けて海没している爆発物件等を自己の責任において処理する権限を有することが明らかにされていること。
(3)、一九五一年(昭和二六年)五月五日附在日兵站司令部軍官報第一三号により日本における爆発危険物の処理及び処理報告要領の外、日本軍所属の爆発兵器及びその関係構成物から鉄、非鉄及び爆薬スクラツプをサルーベージする方法(サルベージとは爆発兵器若しくはその構成物を平和産業の原料たり得る基礎要素に還元すること及び解撤作業により生じたこれら原料を産業のため譲渡、受領、及び消費することをいうと本文第二項において定義されている)をも定めれ第一章「爆発兵器処理方針及び責任」の章中、第三項において第二次大戦活動により生じた爆発物件処理に関し、日本政府は地区司令官の処分許可を得て爆発物件の破壊若しくは解撤を行い、破壊又は解撤によつて生じたスクラツプを地区司令官に報告する責任を有し、又、地区司令官は爆発物件の破壊又は解撤により生じたスクラツプの処理が正当に行われているかどうか監視する責任を負う旨規定されており、又旧日本軍所属の爆発兵器のサルベージに関する第九項サルベージ(解撤)地区の設定及び運営と題する箇所において、(A)、一九五〇年二月六日附SCAPIN二〇七七により日本政府はサルベージ地区及び解撤業者を設定し、各地区内で爆発兵器物件を解撤する権限を有する。(以下省略)(B)日本政府は関係地区司令官よりサルベージ地区の設定及び運営に関し適当な許可を得なければならない。(以下省略)(C)、米極東海軍司令部は海域から弾薬を引揚げる作業を認可する責任を有する。(D)、起源の如何にかかわらずサルベージ地区に運搬されたすべての爆発兵器及び日本政府に返還されたスクラツプの受領証は地区司令官の所で保持されねばならない。日本政府に返還されたあらゆる金属スクラツプは一〇〇%検査され且つ火薬との混合は絶対にないということを解撤業者は証明しなければならないとした外、日本政府に対し返還されたスクラツプの形状屯数種類等の報告義務を課していること等が規定されておつて、海中から引揚げられた旧日本軍所属の爆発物件等の解撤後、日本政府に返還された金属スクラツプに関する規定が設けられていること。
(4)、一九五一年(昭和二六年)六月一日附米極東海軍司令部の日本政府宛「爆発兵器処分の件」と題する書面によつて右司令部が、一九五〇年二月六日附SCAPIN二〇七七の権限に基づき日本国内の爆発物件除去に関する手続を早急に統一するため、前掲(3)の一九五一年五月五日附在日兵站司令部軍官報第一三号により手続を定めた旨宣告した外、第二項(B)において解撤作業の開始に先立つて日本政府は、軍官報第一三号第九項の規定により当該地区司令官の許可を得なければならない。(中略)海上保安庁は、まず弾薬を海中より引揚げる件についてCNFEと折衝を行い、しかる後海中より引揚げた弾薬を陸上で解撤する許可を地区司令官より受けねばならないと言つて、日本政府は占領軍地区司令官の許可を受けて海域にある爆発物件等の引揚及び解撤を行い得る旨宣告していること。
(5)、一九五一年(昭和二六年)六月一五日附米極東海軍司令部発運輸省、海上保安庁宛「日本領海内に海没する旧日本軍爆発物件の産業上の目的を以てする引揚について」と題する書面が運輸省、海上保安庁は前記(4)の文書記載の条項に従つて日本政府の認めた資格ある業者により陸上に地方解撤地区が設定され、その設立並びに運営に関して占領軍地区司令官より正当な許可が与えられた時、海上における産業上の目的を以てする爆発物件引揚を開始する権限を有すると明言した上運輸省、海上保安庁は標記爆発物件を引揚げるため、引揚業者を選定し、これと契約を結び引揚作業を行わしめる権限を有すると共に引揚作業及び引揚物件の陸上指定解撤地区への海上運搬に対し厳重なる監督を行使する責任を有するといつて、旧日本軍爆発物件のうち、産業上の目的を以てする引揚の対象となる物件を武装解除の目的で海中に投棄されたもので、日本領海内満潮線以下の海域、港湾等にある物件に限定し且つ第六項において「前記物件は海中より引揚げ艀で陸上の指定解撤地区まで運搬する間は、ろ獲兵器物件(占領軍物件)とする」と定めていることによつて明らかなように、引揚業者が産業上の目的で引揚げた爆発物件等も海中から引揚げる間及びその引揚地点から陸上の指定解撤地区まで運搬する間は、なお連合国のろ獲兵器物件とする旨宣言していること。
などが窺われるので、これら一連の連合国側からの日本政府宛になされた指令、覚書、書簡等に現われた文言乃至文意からみると、連合国が日本政府から引渡を受けてその所有権を取得した旧日本軍所属の爆発物件等を米占領軍等の手によつて海中に投棄したこれら爆発物件等の所有権を放棄する意思を以て海中に投棄したものではなく、武装解除の完全履行の目的の下に「作戦上敵対行為の一時的抑制」乃至危険性除去の一手段としてしたにすぎないものであつて、海中に投棄されたそれら爆発物件等の所有権は依然連合国に存したものと解するのが相当である。この点につき、原判決が米軍等の手によつて、爆発物件等が破壊の目的で海中に投棄されたときに、その所有権は何人からも放棄された無主の動産となつたものであるというのは連合国側の意思を無視して解釈を誤つたものであり、全く失当という外ない。つぎに、
(二)、占領期間中における海域にある爆発物件等の処理について、調べると、連合国の占領期間中は前段詳細に掲記した連合国側の指令、覚書又は書簡等の示す内容によつて、その経過を明らかに看取し得るように日本政府は占領軍各地区司令官の許可を受けて、日本領海内に海没する旧日本軍所属の爆発物件等につき、産業上の目的を以てする引揚及び解撤の処理権限を有するに至り、しかも解撤された金属スクラツプ及び爆薬スクラツプは連合国からこれが返還を受けるようになつたため、一九五〇年(昭和二五年)八月二一日運輸省令第六三号を以て航海の制限等に関する件(昭和二〇年運輸省令第四〇号)に、新に第四条の三として海域にある爆発物件等の引揚又は解撤には海上保安庁長官の許可を要することとし同長官は右許可の申請が当該爆発物件等を産業の用途に供せんとして為されたる場合の外、これを許可することができない旨の規定を設けるとともに同年一一月六日政令第三二九号を以て昭和二一年勅令第五五八号「予算決算及び会計令臨時特例の一部を改正する政令」を改正して同政令第五条第一項一四号の次に一五号として、新に「海域にある爆発兵器若しくは弾薬又はその部分品で、連合国最高司令官の指令に基き、政府がその処理を命ぜられたものを引きあげて、そのくず化作業を行うことを政府から許可された者に対し、当該物件をくずとし売払うとき」の規定を設けて、爾後海上保安庁長官において各管区海上保安部長を契約担当官として許可を受けた引揚業者との間に随意契約により物品売払契約を締結して海域にある爆発物件等の解撤後の金属スクラツプの払下をするに至つた(この点押収にかかる物品売払契約書参照)が海域にある爆発物件等自体の所有権は、海中から引き揚げる間は勿論、その引揚地点から艀で陸上の指定解撤地区まで運搬する間も、依然連合国にあつたことが認められる。この点につき、論旨が、日本国は一九五〇年二月六日附日本政府宛連合国最高司令官覚書「戦時中の作戦により生ずる爆発物及び爆発兵器処理に関する件」(前掲(一)の(2))により、海中に投棄された爆発物件等を返還され日本政府はその所有権を回復したものであるというのは、前掲指令等の趣旨に副わない解釈であつて、到底首肯するに由ない。さらに進んで、
(三) 平和条約発効後における海域にある爆発物件等の所有権について、
考えると、
(1)、一九五二年(昭和二七年)五月二〇日附在日兵站司令部の海上保安庁宛書簡によると、「一九五二年四月二八日の日本政府の完全自主権回復及び在日米軍占領活動の終了にともない米陸軍としては米陸軍施設以外の地域におけるE・O・D、又は解撤に関し、監督、管理及び指導を行使する権利をもはや有しない。従つて本司令部は一九五一年五月五日附本司令部軍官報第一三号第一章(註、前掲(一)の(3))に示す如き業務から手を引いた」との記載があること、
(2) 一九五二年(昭和二七年)五月二一日附日本政府から米極東海軍司令部宛の文書に対する米極東海軍司令部から大蔵省運輸省海上保安庁宛「日本領海内の海没旧日本軍弾薬の産業上の目的を以てする引揚作業について」と題するシユライバー大佐書簡は一応案として海上保安庁に提示されたものではあるが、同書簡中、米極東海軍司令部は、(イ)、一九五二年四月二八日に遡り一九五一年六月一五日附日本政府宛文書(註、前掲(一)の(5))が取消されたこと及びさらに(ロ)、従来ろ獲兵器として規定されていた日本領海内の満潮線下の海域、港湾、水路及び海岸で、既にサルベージされ又発見され、或は今後発見されるあらゆる旧日本軍弾薬は、一九五二年四月二八日附を以て日本政府に返還され、日本政府の指示した用途に用いることになつたことを、ともに確認する旨の記載があること。
の外、当審証人真鍋義隆、同古海求、同南千秋の各証言を綜合すると、連合国が占領期間中、ろ獲兵器物件として所有権を取得していた日本領海内の海域にある旧日本軍の爆発物件等は、一九五二年四月二八日平和条約が発効して日本政府が完全に自主権を回復し、在日米軍の占領活動の終了とともに日本政府に全面的に返還され、爾後日本政府の所有に復帰したものと解するのが相当である。そして、原審第一二回公判調書中、証人初田行雄、同第一七回並びに第二三回各公判調書中、証人南千秋の各供述記載、当審証人真鍋義隆、同古海求、同南千秋の各証言及び押収にかかる物品売払契約書、爆発物件等引揚作業許可書、同引揚作業計画書を綜合すると、日本政府は右のとおり平和条約の発効によつて、日本領海内の海域にある旧日本軍の爆発物件等の所有権を回復したため、一九五二年(昭和二七年)六月二七日政令第二一〇号を以て前掲「予算決算及び会計令臨時特例の一部を改正する政令」第五条第一項一五号を「海域にある爆薬兵器若しくは弾薬又はその部分品の引揚を政府から許可されたものに対し、そのくず化を条件として当該物件をくずとして売り払うとき」と改正して、右海域にある爆発物件等については従前どおり海上保安庁長官において各管区海上保安本部長を契約担任官として許可を受けた引揚業者との間に、爆発物件等を引揚げた場合はなるべく速かに解撤工場に搬入して解撤業者に引渡し、以て引揚げた爆発物件等を解撤すること及び解撤後のスクラツプを適正な産業の用途に供することを条件として売払物品の所有権は解撤後業者がスクラツプの代金を納付したとき、業者に移転する約旨の下に、海底有姿のまま随意契約により物品売払契約を締結して払下げを行つている事実を認定することができる。従つて日本領海内の海域にある爆発物件等は許可を受けた引揚業者が海底から引揚げる間は勿論、引揚げた物件を艀で陸上の指定解撤地区まで海上輸送して解撤工場で解撤されるまでの間は未だ日本政府の所有に属するものといわねばならない、そこで、最後に、
第二、被告人の本件引揚物件の処分行為について
判断すると、被告人が海上保安庁長官から別府湾内の所定海域に終戦時米占領軍等の手によつて投棄された旧日本軍所属の爆発物件等の引揚について許可を受けた南千秋の作業実施者として昭和二九年二月上旬頃からその引揚作業に従事していた際、同年三月五日頃から同月二七日頃までの間、四回に亘つて別紙一覧表記載のとおり、別府市内で地金商清原豊光こと李相に対し引揚にかかる銃砲弾類のいわゆる真鋳部分品約九五〇貫を貫当り約六五〇円で売却したとの事実は冒頭掲記のとおり原判決がその理由中に公訴事実中認定できる事実として判示しているところであつて、当該箇所に挙示されている各証拠に当審証人南千秋の証言及び押収にかかる物品売払契約書を綜合すると、右の事実の認定できることは勿論、さらに、第七管区海上保安本部長は昭和二九年二月二七日南千秋との間にその引揚物件を速かに門司市多智浦所在の指定解撤工場、九州化薬工業株式会社に搬入して係官立会の上、同会社に引渡し、同解撤工場で右物件の解撤後、スクラツプの代金を納入したとき、そのスクラツプの所有権を移転する約旨により、海域にある爆発物件等を産業上の用途に供する目的を以て、海底有姿のまま売払うとの物品売払契約を締結しており、被告人は右契約の内容を熟知した上、南千秋の作業実施者として事実上引揚作業に従事していたのであるから、右契約の趣旨に従い、その引揚げた銃砲弾類を速かに門司市多智浦所在の前記指定解撤工場に搬入して引渡さなければならないのにかかわらず右引揚物件を解撤工場に搬入せず、その保管中前記のとおり別府市内で、擅にこれを李相に売渡したものであるとの事実も認定できるので、これらの事実を前段説明した点に照らして考えると、被告人は本件引揚物件が未だ日本政府の所有に属するのにかかわらずこれを約旨に従つて指定解撤工場に搬入して引渡さず擅に他に売却処分をしたものであるから、自己の占有する日本政府所有の物件を業務上横領したものといわねばならない。
してみれば、原判決が冒頭摘示のとおり、被告人の引揚げた本件引揚物件は米占領軍の手によつて海中に投棄された無主物であるから、所有の意思を以て先占する以外にその所有権を取得できず、かかる占有を欠く日本政府がこれを所有しているいわれはないとして、本件主たる訴因の公訴事実について、爾余の判断をなすまでもなく、結局犯罪の証明がないものとして被告人に対し、無罪の言渡をしたのは、米占領軍等の手による旧日本軍所有の爆発物件等の海中投棄の性質を誤解した結果、有罪の認定できる事実を無罪とし、事実を誤認するに至つたもので、その誤認が原判決に影響を及ぼすことも言を俟たないので、原判決は刑訴法第三九七条第一項、第三八二条に則り破棄を免かれない。論旨は結局理由がある。
そして、原判決は無罪の言渡をした前示業務上横領罪の訴因と、併合罪の関係にあるものとして起訴された引揚物件の無許可解撤の訴因に対して、有罪の言渡をしているので、当裁判所は、検察官の右一部有罪部分に対する量刑不当の主張に対する判断を省略し、原判決を全部破棄して刑訴法第四〇〇条本文に従い、本件を原裁判所に差し戻すこととする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷本寛 裁判官 大曲壮次郎 古賀俊郎)